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去年の今日は・・・
2006年05月08日 (月) | 編集 |
今日はちょっと悲しい昔話。
この日を忘れないために今思ってることをツラツラと。

妊娠初期の方はちょっと・・・読まないほうが良いかも・・・です。

去年の今日はお別れの日でした。
おなかの中の小さな命とのお別れ。

去年の4月の終わりに老いた体にちょっとした変化がありました。
これはもしかして・・・と妊娠検査薬で調べたら陽性!2人目は特に望んでいなかったけど、出来たらできたでとても嬉しいことでした。

歳が歳だけに早めに病院に行きました。でも、エコーに映っていたのはShakiの時とは全く違う小さな小さなお部屋だけでした。何となくだけど、言葉には出しちゃいけないんだろうケド、コレも勘っていうんでしょうか。ダメなのかも?って思いました。
病院に行った次の週から少量の出血。出血量はどんどん増え、7日には普通の生理のような出血。その間、産科医は1日おきに注射をしてくれたのですが、去年の今日、小さな命は流れて行ってしまいました。入浴中だったのですが、私はそれをとめることもできず・・・。

翌々日、病院に行きましたが、エコーには空っぽの子宮が映ってました。
完全流産。処置は必要ありませんでした。

それから出血量が減り、何事もなかったように止まりました。
基礎体温をつけていなくて、妊娠検査薬を使用しなかったら、今回のことはちょっと遅れてきた重い生理で済んでいたんでしょう。

医学的には10~20%の確率で起こる流産。私もその10%に当たってしまった。
手術が必要な人もいるのに、私に負担をかけずに去ってくれた命に感謝しよう。
心拍を見せる前に精神的負担をかけずに去ってくれた命に感謝しよう。
そう思って気持ちの折り合いをつけました。

とても悲しい出来事でしたが、妊娠がわかって2週間ちょっとの間、不安ながらもシアワセでした。大きくならない胎嚢と、絶え間なく続く出血で、心のどこかに「多分今回はダメだろう」という気持ちがあったけれども、シアワセでした。
Shakiがここにいてくれることが奇跡に思え、人の誕生って大変なことと再認識しました。

そして流産経験者って意外と多いってことにも気がついた。皆、人前では言わないだけ。誰かがその話をすると、「実は私も」っていう人の多いことに驚いた。彼女達はツライというかヤルセナイ気持ちを乗り越えて頑張ってるんだ。私も乗り越えなきゃって思いました。

でもいまだに私のお腹にいた命を「赤ちゃん」とか「天使」とか呼ぶことに抵抗があります。
「きっと帰ってきてくれるよ」っていう励ましにも実は抵抗があります。私の元から「去っていった命」はきっと私に何らかのメッセージを伝えにきてくれたかけがえのない命なんです。「次に来てくれるかもしれない命」とは別だと思うのです。まー、この歳になれば次の可能性は限りなく低いわけですし(笑)。
もしかして全然乗り越えられてないのかな、私(汗)。

楽しい時には去年のこの出来事はスッカリ忘れてる。でもそれでいいと思ってる。
でも、今日はお別れの日だったってことを1年に1回思い出そうと思います。

追記 2006.5.10

「赤ちゃん」「天使」と呼ぶことに対して抵抗があるというのは、自分に宿ってそして去って行った命に対して、自分がそう呼ぶことに抵抗があると言う意味です。他の方がそう呼ぶことにはなんら抵抗はありません。自分のお腹に確かに存在した命ですので「赤ちゃん」ですし、お空に帰ってしまったから「天使」だと思います。

「帰ってくる」という表現も同様です。命が帰ってくるご家庭も絶対あると思ってます。
ただ、私は年齢的に、次はないとおもわれるので、去年私のところに来た命は、私にいろんなことを考えてさせてくれるために来てくれて、役目を終えて帰って行ったと思いたいのかもしれないですね。
言葉足らずでスミマセンでした。

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